おいしい肉の鑑定

 戦後の何年かは、栃木県鹿沼市の家畜商兼食肉商であった小林謹治さんが、近在の牛(朝鮮牛が多かった)から選んでくれました。当時は肉が手に入りにくく、あれば売れる時代でしたが、小林さんはよい牛を選んでくれました。そのおかげで父が、酒造りから転業して病苦と戦いながら築き上げた肉屋ののれんを、戦後の厳しい時代も守れたように思っています。

 東京に牛が充分に入ってくるようになり、枝肉を選べるようになってからは、一生懸命おいしい肉を選ぶことに努めました。枝肉の半丸(一頭を背骨の中央から左右に切り分けた半身)の全体の形・各部位の形とバランス、骨の状況、肉付きの具合、肉色、肌理、しもふりの状態、水気、脂肪の色、目で見て判断するのはこんなことについてです。触って鑑るのが、肉の弾力、脂肪の硬さ、それに香り、どんな臭いを持っているか。最後に味を鑑る。こんな手順で肉質の鑑別をすることになるのです。

 枝肉を半丸で鑑ると、和牛と乳牛(ホルスタイン種・ジャージー種など)・黒毛和牛と雑種(F1=和牛と多くは乳牛とをかけ合わせた牛をいう場合が多いが、以前は黒毛和牛・褐毛和牛以外の短角・無角・朝鮮牛・乳牛などの総称としても用いた)、経産と未経産、雌と去勢と雄、等の区別が判ります。言葉で覚えるのは無理だとは思いますが、和牛と乳牛では前足、後足、首、乳脂肪、腎臓脂肪等の形が違います。和牛と雑種でも、乳牛程の差はありませんが、違います。よく見ていれば、一目でそれと判るようになります。経産と未経産は、乳脂肪と、仙骨と腸骨(坐骨)との接合部で鑑ます。

 雌と去勢と雄との区別は、乳脂肪と、去勢跡で判ります。

 そうして全体を見、肉の厚みを推測して、歩留りを鑑ることが、価格の決定のために重要なことになります。

 半丸でなく、友(胸部から下半身)、肩(上半身)の部位でも、ほぼ同じようなことがいえますが、肩の場合は、乳脂肪がないとか、仙骨、坐骨がないため、去勢跡が確認できないなど情報に制限があります。それらの場合には他の情報(肉、骨の状況など)で補いながら鑑別をしていきます。後足とももの部分でも、肋の部分だけでも、牛の判別は可能です。

 骨の状況でも、和牛と乳牛、F1は違います。例えば肋骨でも、和牛は幅が狭く細く、乳牛は広いのです。骨、特に背骨を切った切口は、軟骨の状態も鑑られます。これである程度の月齢(年齢)や栄養状態が判ります。骨の色は、短角牛を見分けるために重要なポイントでもあります。ももの肉付きの形なども牛種、雌雄等により、微妙な差があります。

 ロースの肉付きの具合、ロースの形も牛の種類、経産、未経産等で違ってきます。

 肉色は鮮紅色がよいと一口にいわれますが、これも言葉で説明するのは難しく思います。白濁感がごくわずかにあっても、問題点があることがあったり、色はよくても、毛細血管に出血斑があったり、年齢による色の差、それに関連して経産による色の差、栄養状態(健康状態)による色の差、雌雄による色の差、牛の種別による色の差などを感じとれるようにならねばなりません。

 肌理と呼ばれているのは、筋繊維細胞が束状に集合し、これが結締組織により包まれて筋繊維束(筋束)となる。この筋束が細いことを肌理が細かいという訳です。この肌理は、雌が細く、去勢、年齢が高くなると粗くなっていきます。和牛より乳牛が粗く、年齢が高くなると粗くなっていくこうした状態をよく知ることが、よい牛、おいしい肉を選ぶためにも重要になってきます。

 筋束を包む結締組織を内筋鞘といい、この中に血管、淋巴管、神経等が存在し、ここに脂肪が沈着するのがしもふりです。このしもふりも、肌理の細かい牛は細かいしもふりになり、粗いものは当然しもふりも粗い形になる。従ってこのしもふりにより、雌と去勢、和牛と乳牛などの区別ができることになります。

 冷蔵庫は、熱交換を早くするために冷風により冷やしているので、時間が経過すると切口は乾いて、水分の多寡が判りにくくなりました。が、最近のように、部分肉で真空包装されていると、他のことは大変判りにくくなったのですが、水分については判りやすくなりました。袋の中に肉汁が溜るからです。ところが、この肉汁を吸い取らせるシートが使用されるようになり、判りにくくなってきました。この水分の多い肉 は他のことでも判りますが。風味は大層落ちます。

 脂肪の色や硬さは飼料によっても変わります。また年齢、栄養状態等や部位によっても変わります。背中の脂が白いか、ごくごくうすいクリーム色で硬めの、ねっとりとした脂がおいしいのです。脂肪の温度によっても違うのですが、指先で本当のよい脂肪の感覚を覚えることが必要だと思います。白い硬い脂をつくる飼料は各種ありますが、大麦が、大層おいしい脂と、しまった弾力のある肉をつくります。それぞれの脂肪の違いを指で覚えることだと思います。見ただけではその差はまず判りません。

「おいしい肉〜肉から学んだ食の幸 松澤 秀蔵 著(株式会社松金 元代表取締役)」より


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