肉を悪くする飼料とホルモン
脂肪を悪くする飼料に、動物性の飼料があります。成長を早くして、コストを下げるために、栄養価の高い、高たんぱく、高エネルギーの飼料を与えることが広く行われています。昔は蚕のさなぎや、大漁の時の魚などを食べさせることが雑食性の豚では行われましたが、いずれも脂肪を悪くし、色、味、香りを悪くしました。戦後はこうした方法が、豚はもとより牛にも、鶏にも行われるようになりました。いずれも、飼料要求率(体重1キロ増えるために必要な飼料の重量で、飼料の効率を表す)をよくしましたが、風味は落ちました。この動物性の飼料には、牛・豚の骨(骨粉)をはじめ動物の脂肪、卵用種の鶏の雄のひよこ、羊の内臓など各国でいろいろなものが使われました。
元来草食である牛に、コストが下がることの利点、合理的な面だけを見て、自然の姿を見ようともせずに飼料を与えた。こうして、病死した動物まで飼料にした結果が狂牛病を発生させ、人間への伝播におののくことになったのではないかと思います。
話がそれますが、同じような問題にホルモンの投与があります。
昭和二十三年(一九四八)頃から脳下垂体から分泌されるホルモンが、乳牛の乳量を増加させることは判っていたのですが、脳下垂体から得られるホルモンの量はごく微量で、ホルモンの調達が、まだコストのかかる時代だったので一般には使用されませんでした。
その後成長ホルモンが、牛や豚の成長を早めたり、飼料要求率をよくしたり、筋肉を発達させ肉の部分を多くするなどの、種々の効果が認められてきました。その他同じ種の牛では、同月齢でしたら、通常は未経産の雌が一番おいしく柔らかく、次に経産牛と去勢した雄・雄という順になります。このような点から、ホルモンは雄や去勢の肉質改善にも役立てられます。しかし、ホルモンの使用では、おいしくなりません。
ホルモンの種類も各種の研究が行われてきました。肉に残留することが認められたのですが、人間には悪い作用はないと思われていました。一九八〇年代はバイオテクノロジー(生命工学)の発達により、ホルモンが、大腸菌によりつくられるようになり、大量に、コストを下げて製造され、ホルモン使用の環境が整ってきました。
しかし、ホルモンの使用を認める国が増えてくる一方で、人間に対する不安が出てきました。EUは、ホルモン剤の安全性に懸念があるとして、その使用を禁止しています。そのために、ホルモン剤使用の牛肉の輸入を禁ずることになりました。ホルモン剤の中には、発ガン性の確認されたゼラノールやトレンボロンアセテートもあるので、ホルモン剤の投与、残留基準値を決めて使用しようとする国は、コーデックス委員 会(国連食糧農業機関〈FAO〉と世界保健機関〈WHO〉の合同食品規格委員会)へ上程しました。そして平成七年七月、小差で使用が可決されました。ホルモン剤の使用国は使用禁止をしている国に対しても、使用した牛肉を輸入するように要求できることになった訳です。
このホルモンを研究している先生方の発表では、ホルモンはたんぱく質でできていてそれぞれの動物の体内で、そのホルモンを受け入れる受容体と合体することで発動する。牛のホルモンは人間の体内では受容体に受け入れられず、ホルモンとしての働きを発揮することなく、たんぱく質として消化されることになるとされていました。このことは豚の生長ホルモンについても同様にいわれていました。
昭和五十年(一九七五)前後だったと思うのですが、人間に対するホルモン療法として、牛の脳下垂体を皮下移植することが、盛んに行われました。義兄が頭に丸い脱毛ができたので、この移植を行ったところ、きれいに治ってしまい、身体の調子もよいといっていました。
研究室で行われる実験と人間の体内で起きる諸活動が、環境条件の差を超えて、どこまで合致し得るのかという疑問も湧いてきます。多くの仮定の上に成立したことを普遍的なこととして判断する場合の制約に対して、実務家によく説明して下さると、実際の適用について、よりよい方法をとれるのではないかと思いました。被害者が出てきてから気づく後手に回った科学的判断が多いように思えることの原因は、経済第一主義とでもいうのか、利益を最も重視する社会体質にもあるように思います。
話をおいしい肉の鑑別に戻します。
脂肪と同様に、肉の弾力も念のため鑑ておく必要があります。わずかな白濁色を見落としても、指先で気づくことがあります。これで保水性の良し悪しと、その程度を推測します。保水性が悪いと、熟成中、スライス後などに肉汁が出てしまって味が抜け易くなります。香りは、最も異なるのは雌雄の差、次いで和牛と乳牛の差で、時に飼料の差も、特に動物性の飼料をとった時に現れてきます。牛は本来は草食です。動物性の飼料が脂肪の質を落とすことは、前に書きましたが、香りは特に悪化します。生の時はそれほどでなくても、加熱した時に、香りの変化がよく判ります。従って、気をつけないと、お客様が召し上がろうとした時に香りが悪くて大変なご迷惑をかけてしまいます。
「おいしい肉〜肉から学んだ食の幸 松澤 秀蔵 著(株式会社松金 元代表取締役)」より