但馬牛のふるさと

 そんな時、この但馬牛肉という名称が但馬地方から関東に出てきていた方の目にとまりました。その方のお兄さんが、牛を飼っているから、できたら話を聞かせてほしいとのことで、お兄さんの住所を下さいました。

 それがご縁で、兵庫県多紀郡西紀町へ谷掛昭三さんを訪れました。谷掛さんは、子牛を生産して、素牛として出荷される仕事をしておられます。谷掛さんに牛舎を案内していただいたばかりでなく家畜市場で、上場される牛の下見から、競りまで見せていただいて、兵庫県で、肉牛として出荷される牛、種牡として買われて行く牛、子牛を何産か産んだ牛の相場まで勉強させていただきました。

 兵庫県の家畜市場では、体重の他に牛の命名を通じて二~三世代前までその血統が判るようになっていました。関東の家畜市場では、体重は発表されますが、血統についてはほとんど判りません。関西では、それだけ、よい牛を判別しやすくすることでよい牛を買い上げやすくなっています。従って生産する方達も、よい血統の牛を立派に育てることに一生懸命です。兵庫県は特にそうした生産者を応援するために、毎年選りすぐりのよい種牛(牡牛)を発表し、それぞれの血統、特色などとともに、牛の写真をポスターにして、生産者が持っている牝牛にふさわしい牡牛を選べるようにしています。そうして選ばれた牛との交配を、牝の発情期に合わせてできるようにしています。県と生産者ばかりでなく、産地の人々が、総力を上げて、誇りにしている但馬牛を守り育てているのが判りました。

 但馬牛のふるさと小代村の入口には「但馬牛のふるさと」という大きな五メートル位の高さの看板が立っていました。国道に面して等身大の但馬牛の銅像が立っているのも見ました。小代村は矢田川の谷の両岸の斜面で平地らしいところはほとんどなく、急斜面で田も一枚の広さは狭く、農耕には大変ご苦労をなさったろうなと、都会で育った私にも察せられる地形です。農耕用の牛の助けなしでは農業が成り立たなかったから、牛は大切にされ、よい牛づくりに情熱を傾ける人達が輩出したのだと思いました。谷掛さんの子牛が、時々下痢をするとのことでした。そこで気になったのが、遊びに来る狸です。餌を漁りにくるのでしょうが、これは問題です。牛の安定した環境を壊すからです。野生の動物と家畜とは、微生物の菌叢が、微妙に違います。特に狸が糞をしていったりすると、微生物のバランスを壊します。菌叢の差が、身体の調子を狂わすことはよくあります。そこで谷掛さんに、狸が牛舎に入れないようにすることを提案しました。

 それから、谷掛さんの素牛を引き取って肥育しておられた高見進さんに紹介していただき、牧場を見せていただきました。牛の管理もよく、見るからにすばらしい牛達でした。関東のそれまでに見た牛舎とは違った点がいくつかあり、大層参考になりました。床に砂を使用していること、これで牛の身体の汚れ方が違います。関東の牛は、身体が自分の糞で汚れていることが多いのですが、関西の牛はきれいでした。蹄の手入れもよく風格のある牛達でした。

 牛肉もご馳走になりました。まことにおいしい、すばらしい牛肉でした。高見さんは神戸牛の共進会や、全国の和牛共進会でも優勝するなど、大層優秀な畜産家でした。飼料と牛の仕上りのデータをはじめ、各種のデータをパソコンで記録分析をして、いろいろと役立てています。そのノウハウを学びたいと、熱心な畜産家の方々が来られるそうです。こうした高見さんとご縁ができて、但馬牛の産地から、おいしい牛肉を仕入れて販売できるようになりました。

 最高の産地から安定しておいしい牛が入ってくるようになりました。平成元年七月三日に第一便が着きました。

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