関西の牛肉
豚は比較的短期間で育ち、出回るのも早く、いつか豚肉は牛肉より安くなっていました。戦後二年位で東京の食卓は、豚肉中心に戻っていきました。お客様の生活が豊かになるにつれ、牛肉の売上は伸びていき、さらに高級なおいしい牛肉への需要が高まりました。するとおいしい肉を選ぶ目をより厳しくなければならなくなってきます。
関西の牛肉はおいしいという評判は、早くから東京に伝わっていました。確かに、古くは神戸牛をはじめ、近江牛肉・松阪牛肉など銘柄牛肉は関西のものでした。これら黒毛和牛の飼育は西に偏っていて、関東以北は、馬と豚が多く飼育されていました。関東では豚が多く消費され、関西では牛肉が消費されていました。豚に比して高価な牛肉を消費できるのは、どうしてかという疑問もありました。おいしい肉は高価ですので、どのような販売法をしているのか知りたいとも思っていました。
昭和四十一年(一九六六)頃、東京では消費者の方々から肉屋が、よいところと安いところを混ぜて販売しているという苦情があって業界でも問題になりました。肉屋は牛肉については安いが味がもう一つといいう品物をおいしい肉と混ぜることで、味をよく食べられるように、価格を下げられるようにと、それぞれの店で工夫をしていました。こうした方法は、一般には牛肉では行われる方法ですが、豚肉や鶏肉では行う業者は少なかったと思います。その頃輸入牛肉が増えてきて、関東で消費される二倍以上が関西で消費されていました。それでも東京のような苦情は関西ではありませんでした。
お客様の一人に神戸で育って、こちらに嫁がれた方がおられて、実家の近くの肉屋さんの話を聞かせてくれました。私は妻とともに、神戸の肉屋さんを見に行きました。間口二間(三・六メートル)位の割合せまいお店でした。豚肉はなく、そこにある商品はおいしい食事をしていただくために努力しているのが感じられました。独自の焼肉のたれをつくったり、味つけ肉をつくったりして、中程度や、並の牛肉もおいしくと工夫されていました。関西の肉屋さんが、皆そうであったとは思いませんが、お客様から信頼されるのは店の大きさではないなと感じました。
有名店も見学しました。東京と同じように、お肉を上手に配合したり、ロースとつながっている価格の低いバラの部分をロースに巻きつけて、ロースとバラを一緒にスライスして巻きロースとして売っていたのです。そうすればロースだけで販売したり、おいしい高価な肉だけで販売するより、安価に販売できます。そのような販売法がお客様にも歓迎されていたように思われました。
同じような販売法をとりながら、関東と関西ではお客様の受け取り方はまったく違う結果になりました。よく考えてみると、関西の業者は長い間かけて、このような販売法がお客様にとってもよい方法であることを説明し、実際にお客様もそれがよい方法であると実感できていたのではないかと思います。それに対して関東では、お客様も牛肉の販売方法に慣れていない、また関西の実質尊重に対して、関東には名目を大切にする気風があったようにも思われました。しかし最大の原因は業者が、お客様のご理解を得られるように努力することが不充分であったことだと思います。
昭和二十七年(一九五三)四月に滋賀県と全国の近江牛肉の販売業者で近江肉牛協会が発足し、松金も加盟しました。近江牛は江州牛と呼ばれる黒毛和牛で、協会が発足するよりずっと前から、業者仲間では、よい牛肉として知られていました。江州牛はおいしいことは抜群で、切口の色もなかなか変色せず、肉の表面から五耗か一糎位内側に入る変色帯もできず、見た眼のしもふりばかりでなく、扱いやすく、いろいろの点ですばらしい牛肉でした。その江州牛肉を松金でも扱うことにしました。
店頭で販売する時は、江州牛肉は値も高く、その値頃の牛肉をお買上げ下さるお客様の数はそうはおられません。そこで関西式に、他の価格の低い牛肉と配合して、おいしく食べられるようないろいろな組合わせを試しながら、工夫を続けました。こうしたことで、松金の肉はおいしいとのお客様の声をいただけるようになっていきました。
近江肉牛協会発足から何年か経て、松阪牛協会も発足し、神戸牛とともに三大銘柄牛がその名を高めていくと同時に、よい牛は大変高価なものになりましたが、そのおいしさが喜ばれました。
そうした銘柄牛にも品質の差が大きく、違う資質を感ずることもありました。ある大手スーパーが三重県で生産された牛を松阪若牛と称して販売をしたことがあります。
乳牛の去勢牛と思われるチラシでした。その時、銘柄牛の産地にもいろいろな牛がいるのだから、産地の名称としてそれらすべての牛を出荷するのは間違っている。お客様を迷わせ、時に裏切ることになりかねない、と思いました。そこで、産地のことを調べ始めました。
産地といわれる地方に行って、畜産農家を見つけても、みなさん忙しく仕事をしていらっしゃってなかなかお話は聞けません。環境や、施設と牛と飼料を見せていただいて、帰ってくる程度でした。そこで店の休日の水曜日に市役所や、県庁で産地としての統計や資料を見せていただき、予備知識としてから現地へ行くことにしました。
「おいしい肉〜肉から学んだ食の幸 松澤 秀蔵 著(株式会社松金 元代表取締役)」より