但馬牛肉を売る

 最もおいしい牛肉といわれている近江牛肉、松阪牛肉の産地、滋賀県、三重県の生産者の方々に共通していたのが、但馬牛です。そこでは生産者の方々は但馬牛を飼っていることを誇りにしています。但馬牛については、肉屋になって間もなくの頃に、経験の浅い点を補うために読んだ石原盛衛先生の『和牛』という本で予備知識を持っていました。

 但馬牛は弘化年間(一八四四~四八)に兵庫県美方郡小代村(現美方町)の前田周助さんが創りあげた「周助づる」に始まります。「つる」とは、昔から中国地方の和牛生産地帯で使われてきた和牛独特の用語です。つるは、血統を示すのみでなく、系統としての特色が、強く遺伝される一群の牛という意味を持っています。日本にはこの様に各地に熱心な畜産家がいて、二百年以上も前からこうしたつるが百数十あったということです。

 ところが、明治中期以降は、先人達が苦労して集積した優良遺伝子も分散して、つるの名だけが残り、実態はなくなってしまいました。優秀なつるとしては四つのつるが伝えられていると羽部博士がおっしゃっています。そのうちの一つが周助づるです(福島豊一先生の稿による)。この周助づるから生まれた牝牛あつ号-第二あつ-熱田-第二熱田と続いて、そこから「あつたづる」の系統が成功し、これが但馬牛として大正年間に兵庫県で登録されることになりました。

 滋賀県、三重県で育てられた牛でも、ピンからキリまであります。近江牛肉や松阪牛肉の名を高めたのは、但馬牛を育てたためでした。それなら但馬牛を生み出した環境で育った但馬牛を牛肉として販売したら、むらの少ないおいしい肉を売れるのではないかと考えました。

 昭和五十七(一九八二)年、川崎の埋立地扇島にある食肉センターに月に一度兵庫県から牛肉が入荷するということを知り、毎月川崎へ仕入れに行くようになりました。それまでは生きた牛の名前であった但馬牛の名前を牛肉の名前にして、但馬牛肉として売り出しました。兵庫県の但馬牛は、神戸の屠殺場で屠殺されて、よい等級に格付けされた牛肉は神戸牛肉として売り出されています。従って、他の屠殺場で屠殺した場合は、神戸牛肉とは呼べないことになります。そこで一般には知られていない名称ですが但馬牛肉と名づけたのです。

 ところが、着いた荷から品を選ぶのですが、思うような牛肉がないことがあるのです。今一つ満足できなくても我慢せざるを得ないことが何度かありました。

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